アイルランドの孤島、スケリグ・マイケル その3

船に揺られること1時間ほど。スモール・スケリグが見えてきます。

その小さな島はヨーロッパで二番目に多い「カツオドリ」の群生地らしく、

島全体を鳥が覆っている感じでした。

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すぐにスケリグ本島の上陸地点が近づいて、切り立った斜面が目の前に迫ります。

ボートが着く前に、お手洗いを済ませます。

実はこの船にはトイレが備えてありました。

これはかなりラッキーなのだと聞かされます。

こんな話、わざわざ書くほどのことかなあ、と思えるかもしれないのですが、

実際に行った人間にとっては、かなり重要なポイントなのです。

周りを見る限り、トイレのある感じの船はありませんでした。

行ってから帰るまでの5、6時間、

お手洗いには行けないのだと聞かされていて、不安でしたから、

これはありがたい状況なのです。かなりほっとしました。

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いよいよ上陸。ボートからコンクリートの小さな桟橋に移ります。

気をつけるようにと、注意がありました。

ボートは結構揺れていますから、足を踏み外したりしたら大変です。

聞いた話では、これが危険だと判断されるほど、海が荒れていたら、

この時点で上陸不可能、というのも十分ありだとか。

うーん、ここまで来て島に上がれないなんて、つらいなー。

 

島に上がったら、舗装された歩道を少し歩きます。

しばらくすると、石を積み上げた古そうな石段が見えてきました。

ここが登り口です。

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この辺りでまず目につくのが「鳥」。

Puffinパフィン。日本語名は「ニシツノメドリ(西角目鳥)」。

イギリスの児童文庫にパフィン・ブックスというのがあって、

名前は聞いたことがあったけど、実際の鳥を見るのは初めてでした。

かなりインパクトの強い外観です。

写真を撮らずにいられない感じ。不思議な可愛さ。

 

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後で思ったことですが、この辺りで時間を取ると、

後の修道院遺跡での時間が少なくなってしまうのです。

でも、写真を撮らずにはいられない感じはご覧いただくとわかるかも知れません。

石段を上がる前に現地ガイドの説明があります。これは環境保護と安全のため。

転落事故も起こっているそうですから。

一通り案内を聞くと、いよいよ石段を上がって行きます。

これはちょっと感動的な瞬間でした。

何世紀も前に生きていた人々が、石を切り出し一段一段積み上げた物です。

その不規則な並び方と同時にその整合性が不思議な感じを出しています。

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中腹まで行くと、少し開けた場所があり、そこで休憩を取りました。

ここからまた石段を上がると、修道院の遺跡にたどり着きます。

石を積み上げた壁があり、その入り口を抜けると、ドーム型の建物が見えてきます。

説明するよりいくつか写真を見て頂いた方がいいでしょう。

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ドームは住居として使われていたもので、少し大きめのものは礼拝堂だそうです。

入り口から見て、ドームの上の方に十字架が見えます。

あたりを少し歩き、ドームにも入ってみました。

入り口は大体、人が少し屈めば入れるくらいの大きさ。

中は、ちょっと時間が止まったような感覚があります。

月並みですが、タイムスリップしたような。

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特に私が惹きつけられたのは、古い十字架がいくつか立った墓地です。

狭い空間に年月を感じさせる十字架がいくつか並んでいました。

人を埋葬できるような空間には見えません。

年月を経て磨り減り、原型を留めないくらいの十字架がいくつか並んでいました。

本当に人が葬られているのかと疑うような狭さが、胸を打ちました。

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名残惜しいのですが、船の時間があるので、僧院跡を離れなければいけません。

石段を降りはじめました。これが結構、体に応えます。

実を言うと、私はこの1週間前に転んで、足の付け根を痛めてしまったのです。

なので、降りるのがなかなか辛くて、先に降りてくれる友人の肩を支えにして、

なんとか下までたどり着きました。

健康だったとしても、登るのよりも、降りる方が危険でしょう。

石段はまっすぐ下に続いている訳ではないので、気をつけていないと、

一歩間違うと崖から転落してしまいます。

普通に気をつけていさえすれば、危険というほでではないのですが、

転落事故が何件か起きているというのも不思議はないと思いました。

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船に戻ってから出発すると、島の周りを一周してもらえました。

古い時代に使われていた船から上がるための石段などが見えました。

この石段、気をつけて見ないとわかりにくいのですが、

岩を削って段を作ってあります。

ここに船を付けるのを想像すると、なんだか、すごい感じがしました。

波で壊れたという古い灯台も見えました。

この灯台は海面からかなりの高さにありました。

海面からはなんとなく5、6階建のビルくらいでしょうか。

こんなところまで建物が壊れるほどの強い波が来たというのは、驚きでした。

少し離れると、島の全景が目に入って来ました。切り立った岩肌を見て、

あらためて、すごいところだなあ、と感じます。

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船はスモール・スケリグを一周回って行きます。

これで、帰りの航路に入るのかと思っていると、船が止まりました。

どうしたのかと思っていると、トラブルがあったようです。

それは私たちの乗っていた船ではなくて、同じ時刻に出発した別の船でした。

エンジンが故障して船が動かなくなったので、

乗客を私たちの船で港まで連れて行くという話でした。

揺れる船から船へ、私たちの方へ10人ほどの人が移って来ました。

定員の2倍が乗っているわけですが、人が増えて狭い感じはありませんでした。

ただ、そんなこんなで、帰りの時間が30分以上伸びてしましました。

船の揺れは相変わらずでした。

人が乗ってきた時に私がもともと座っていた外の席を譲ることになってしまったので、

船室に入りました。

前方が正面になる席をなんとか確保。

船が進む方向をまっすぐ見てないと、きっとひどい船酔いになると思ったのです。

船は揺れましたし、乗船の時間が長くなった分、ちょっと気分が悪くなりかけました。

帰路は2時間以上かかったでしょうか。

でもまあ無事、港に着いてその日の冒険は終わりました。

ビジターセンターで温かいお茶を飲んで、軽い食事をしました。

その日のことを思い出しながら。

 島に居た修道士たちのことを考えていました。

帰りの船で、私は、ちょっと船酔いしそうになりながら、

早く着いて欲しいと思いました。

でも、それは私には帰り着く場所があるということでもあります。

島に行った彼らには「帰る」という選択はおそらくなかったでしょう。

 

この島に住むことを許されたのは修道士の中でも

超エリートだったという話を聞きました。

口頭試問のようなものがあって、それで認められた者しか

島に住むことが出来なかったとか。

過酷な環境の中での生活が待っている訳だから、

よほど強靭な精神の持ち主でなければ、気が狂ってしまうでしょう。

信仰心だけではなく、精神的な強さを確かめるための面接であったのかも知れません。

アイルランドは夏でも、それほど気温は上がりません。

私にとっては寒いと思う日もかなり多いです。

冬は寒さが身体の芯に染み透るような感じがします。

気温はそれほど低くはありませんが、湿度が高く天気も悪いので、陰鬱な気候です。

そんな環境の中、スケリグの小さな島には、

石の住居以外に身を隠す場所はありません。

外へ出れば、強風が吹きすさぶ日がほとんどだったはずです。

北大西洋に浮かぶ小島に、遮られることなく海から吹く風の強さは

尋常でなかったはずです。

冬の日は短く、長い夜が続きます。

晴れる日が少なく、冬の長さは精神的にも答えるでしょう。

こんな場所で暮らすとはどういうことなのか。

厳しい外的な環境にあって、内面の意識も、世界の闇に降りていくような感じがしてしまいます。

日本にも禅の修行とか、修験道とか、過酷な環境に身を置いて、

道を極めるというのがあるけど、それと同じで、

通常の人間の意識と肉体を超越することを目指すのでしょうか。

人が生きて居られるギリギリの環境のその島で、たいした道具もなしで、

石を切り出し、階段を作り、石の住居を作る。

小さな畑で食べるものを育て、祈りを捧げる1日。

そんな一生を過ごした人たちが居たということは、私にとっては非現実の世界でした。

彼らは文字通り、石をも穿つ信念を秘めていたのでしょうか。

あるいは、現代人から見ればそうであっても、彼らにとってそれは、

ごく日常のことで、日々あたりまえの決まりごとだったのかも知れません。

「聖なるもの」とは究極の闇も飲み込んでいるような気がします。

スケリグを振り返って今思うのは、それが、私たちが聖なるものに対して、

通常イメージするような「光」の世界ではなかったということです。

闇の底にたどり着いた者だけが、見出す「神聖」な領域を

スケリグは垣間見させてくれる気がしました。

 







 

 

アイルランドの孤島、スケリグ・マイケル その2

 

今までスケリグへ行くまでのことをお話ししたのですが、今回からいよいよ旅の本題に入ります。

スケリグへの船が出るのは土曜の朝、バレンシア島からです。

金曜日の夕方に着いて、そこでB&Bを探しました。

空いている部屋があれば、Vacancyの看板が出ているのですが、シーズン中なので、ほとんど満室です。

色々回ってみると、幸い、少し外れたところに、快適な宿が見つかりました。建物の外観が普通だったので期待はしなかったのですが、案内された部屋はとても素敵でした。海に面した窓があって、向こうには灯台が見えました。

その日は島の観光スポットを散策することに。

バレンシア島には可愛い港があります。

 

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ワゴン車で売りに来ているバーガーとチップスを買って、近くのベンチで海を見ながらの夕食。

そのへんのレストランやパブで食べるより、ずっといい感じ。

アイルランドは夏と言っても、かなり寒いと感じる日も多いのですが、この日、夕方の浜辺は爽やかで、風が気持ちよく思えるくらいの快適さでした。

港から対岸を見ると、山に低く雲がかかっています。

アイルランドらしい風景でした。

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B&Bに戻ると、窓から灯台の向こうに沈む夕日が見えました。

この時期の日没が午後9時半頃です。

普段なら、もう少し暗くなるまで起きてるのだけど、この日は早めに寝ることに。明日に備えてゆっくり休んでおかなくては。

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いよいよ船の出る日の朝です。

泊まっていたのはB&B (ベッド&ブレックファースト)ですから、朝ごはん付きです。

卵とベーコン、ソーセージ、それにトーストとコーヒー/紅茶。

アイルランドなのでアイリッシュ・ブレックファーストです。

そう呼ばれますが、中身はイングリッシュ・ブレックファーストと変わりません。

朝食のために用意された部屋があって、そこからも海が見えました。

でも天気はあいにくの雨。どんよりした空が、少し不安。

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少しして、ちょっと明るくなった気がしたけど、部屋に戻って窓から頭を出すと、

顔に雨が当たります。

でも、海は穏やかに見えたので、気を取り直して出かける準備をしました。

天気がいいのに越したことはないのですが、

この前ボートがキャンセルになったことを考えれば、行けるだけで幸せです。

 

ボートが出るのがビジターセンターだったので、そちらへ向かいます。

車で15分ほどだったでしょうか。

途中、とてもアイルランドらしい光景に出会いました。

「乳牛が通ります」みたいな看板がおいてあって、牛が前の道路を横切って行きます。

その間、車は当然ながら気長に待つのですが、のどかな感じで心が和みます。

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船の時間まで少しあるので、近くの店でちょっとだけ食べ物を買うことにしました。

でもその日は往復で2時間船に乗ることになるので、お昼は控えめです。

船にも島にもトイレはないと聞いていたので、それを考えると、

食べること自体、あんまり気が進まない気がしました。

 

いよいよボートに乗り込み、出発。なんだかドキドキ。

ボートが出るのは、海が穏やかな場所なのですが、

その時点から、船は結構揺れました。

なにせ小さな船です。

その頃には雨も上がっていましたが、小さいながらも船室がある船だったので、

中に入ることにしました。

内装は個人所有のレジャーボートみたいな感じで、快適そう。

っと思ったのですが、

船が出てすぐ、結構揺れるので、一瞬で酔いそうになりました。

窓の外の景色が上下に揺れるのが、なんとも気持ちが悪いのです。

座っているのも、つらい感じがして「今、船が出たばかりなのに、

これからどうなるんだろう。」と思って立ち上がりました。

その不安そうな私を察したのか、オーナーが

船室から出た方がいいと言ってくれました。

船の後方、屋根はないのですが、狭いけど、4人ほどは座れるスペースがありました。

「ここに居るのが一番船酔いしにくいんだよ」とのこと。

半信半疑でしたが、実際に座ってみると、その通り。

船の揺れが小さくなる訳ではないのですが、船室の中よりはずっと楽なのです。

窓枠を通して外の景色を見ていると、

目の前にある画面を揺すられるような感じがしました。

その視覚的な影響で、船に酔いそうになったのだとわかりました。

外に出てからは、船の揺れも、怖いと思うことがなくなって、

「ちょっとスリルがある乗り物」みたいな感じになりました。

ボートの後ろには大きな波しぶきが立っています。

それもなんだか、楽しめるくらいになりました。

船に揺られて、波を見つめながら、

かつてこの海を渡った修道士たちのことを想いました。

エンジンのついた船で1時間ほどかかるのです。

手漕ぎの舟でどれだけ時間がかかったのか。

潮の流れを味方につけても、並大抵ではないはず。

昔の人は一体どうやってこの荒れる海を渡ったのでしょうか。

そして、一度行ったら、いつ戻るのかもわからない、

あるいは、戻らないことを前提に行ったのかも知れません。

そもそも、ここに住むことを決めたのは、どんな心情だったのか。

目の前に広がる深い海の青が、私の意識までも、別の世界に引き込むようです。

 

アイルランドの孤島、スケリグ・マイケル その1

スターウォーズのロケ地にもなった、アイルランドの孤島、スケリグ・マイケル。

ユネスコ世界遺産(1966年登録)

 

ミカエル、ミッシェル、マイケルと名がついた聖地が世界各地にあります。いずれも大天使ミカエルのことで、一番有名なのは、おそらくフランスのモン・サン・ミシェルでしょう。さすが世界遺産だけあって、写真を見ても威容が伝わって来ますし、実際に行ってみても、やはり感動を与えてくれる場所です。他にもイギリスのセント・マイケルズ・マウント、アイルランドのスケリグ・マイケルなどがあります。この三カ所を地図で見ると一直線上に並んでいるのがわかります。時にこの線はレイ・ラインと呼ばれ、エネルギーの道だとされています。

 

アイルランドのスケリグ・マイケルは「スターウォーズ」のロケ地となり、ちょっと話題になりました。映画では「エピソード7:フォースの覚醒」、「エピソード8:最後のジェダイ」で、ルーク・スカイウォーカーが隠棲する島として登場します。映画を見た人の中には、「あれは何だろう?こんな場所は実際にあるんだろうか?」と思った人も多かったとか。

アイルランドでは、スターウォーズのロケが行われたことは数年前から結構話題になっていました。ただ、スケリグ・マイケル自体は元々有名な場所で「アイルランドで、最も聖なる場所」と言っていいかも知れません。

 

スケリグ・マイケルはアイルランド語ゲール語)で書くとSceilig Mhichíl 。シュケリグ・ヴィヒールという発音になます。Sceilig は「岩」の意味、Mhichíl は大天使ミカエルです。(ゲール語のmh は「ウ」あるいは「ヴ」と発音されて、ここでは「ヴ」となります。ch が「ヒ」の音です。)

 

この島にはかつて初期キリスト教の僧院があって、修行僧たちが暮らしていました。しかし、スケリグの名が初めて現われるのは、伝説の中のことで、神話と伝承の国アイルランドらしい話だと思いました。

僧院で人が暮らしていたのは、6世紀頃から12世紀頃までとされ、その間に作られた石組みの住居が、昔のままに残っています。僧院は海面から180mほどの高さに建てられていて、下からおよそ600段の石段が続きます。この石段も古い時代そのまま残っており、いにしえの人々が自然石を切り出して積み上げたものです。どんな道具を使っていたのでしょうか。機械などない時代に人の手で作られた「階段」は不思議な美しさを持っています。現代に生きる私たちですが、その石を一段一段、踏みしめて昇って行くと、ちょっとタイムスリップしたような感覚になりました。周りの厳しい自然は、当時と同じ姿をとどめているはずです。

12世紀頃まで僧院として使われたそうですが、その後全く人は住まなくなりました。現在は完全な無人島です。島が見捨てられた理由の一つが気候変動だとされているのですが、どんなに気候が穏やかでも、人が住んでいたとは信じられない環境です。アイルランド本島から荒海を隔てた、まさに「孤島」です。

 

私がこの島に行ったのは2016年の夏でした。数年前までは、名前も知らなかったその場所に、不思議な縁で惹きつけられて行きました。聖地に導かれる時には、よくあることですが、たとえ「行きたい」と思っても、すぐにはそれが実現しないことが多いものです。私にとってのスケリグへの旅はちょっとそんな感じでした。そんな場所があると知ってから、行きたいと思うまでの時間さえ、考えて見ると結構長かった気がします。

 

話は3年ほど前のことです。アイルランドに滞在中、ケリー州の友人を訪ねた時、たまたまスケリグ・エクスペリエンスというビジターセンターに行きました。ここではスケリグ・マイケルに関しての資料の展示や、情報を提供しています。

スケリグのことなど何も知らなかった私でした。ビジターセンターのカフェでお茶を飲みながら、「島への船が出ているのだけれど、行く?」と言われた時、「別にいい」って、ほとんど嫌がっているとしか聞こえないような返事をした記憶があります。船のことを詳しく聞くと、スケリグ周辺をまわるツアーで、船で2時間もかかるらしく、そんなに長い時間、船に揺られたりするのはなんとも気が進まなかったのです。その日はどんよりと曇った天気で、海に出る気になるような日ではありませんでした。スケリグが何なのか、そこに何があるのか、その時の私は何も知らなかったから、行きたいと思わなかったのは、当然だといえば当然です。もし、知っていたらちょっと気持ちは違ったかもしれないなとは思うものの、あの時に行かなかったのは正解だったでしょう。あんな天気では、ほとんど景色も見えないだろうし、揺れるボートにずっと乗っていて船酔いになったりしたら、もう二度と行こうとは思わなかったでしょうから。

それからしばらくしてスケリグでスターウォーズのロケが行われたことを聞いたのですが、その時も軽く「ふーん」って感じで、だからと言って行きたいと思うことはなかったのです。そのまま、スケリグのことはほとんど忘れていました。

 

そして、2016年の夏、再びアイルランドを訪れ、知人のアイルランド人夫妻の家に招かれた時のことです。彼らがスケリグに行く計画を立てていると話してくれました。「興味があったら一緒に行く?」と聞かれて、「せっかくだし、悪い話じゃないな」と思ったので、行きたいと答えたのです。

それからスケリグのことを色々聞くと、「なんだかすごい所らしい」のがわかって来ました。計画が具体的になって、友人が「アイルランドでも一番の聖なる場所に行くんだよ。」と言ったのを思い出します。日が近づくに連れ、気持ちが高まって来ます。

 

でも、ちょっと不安だったのは、船に乗らなければいけないこと。それも、かなり小さいボートらしいので、船酔いとかしたら、嫌だなあ、と。

 

ボートの大きさの話はこんな感じで知らされました。

7月半ばにケープクリア島に行くことになり、フェリーに乗る機会がありました。その船の上で、友人に「スケリグに行く船、小さいって言ってたけど、これくらいなの?」と聞くと、「とんでもない」みたいな返事。その船だって、まあ、40人ぐらいは乗ってたと思うけど、私にすれば十分小さい船だと思ったから聞いたのです。そこでわかったのはスケリグへの船は、どうも想像した「小ささ」では済まないらしいと言うことでした。

実際に乗ってわかったことですが、ほんとに小舟なのです。乗客12人までと聞くと、大きさはなんとなく想像できるでしょうか。スケリグは小さな島で、周りの海も波が高いから、小さな船しかつけられません。入江もないし、船をつける桟橋みたいなのもありません。島に船を係留する場所もなく、乗客を降ろした後、船は島の周りに散らばって帰りまでの3時間ほど待機することになります。

船にはトイレもないのが普通で、客室などなく、屋根さえもないのがほとんど。それはつまり「吹きっさらし」。実際に行った友人が話してくれたのは、聞くとかなり怖気付くような話でした。雨と風の中、激しく揺れるボートのへりにしがみ付いて波までかぶるという最悪の条件。行きと帰りを合わせた2時間、生きた心地はしなかったらしいのです。その話を聞いたのは実は私たちがスケリグから帰った後のことで、船に乗る前に聞かなくてほんとによかったと思いました。

 

話を戻しましょう。私たちがその年、スケリグに行けたのは、度重なる偶然から生まれた幸運そのものだったと思います。 アイルランドSerendipityセレンディピティ)に満ちた地だと言う人がいます。まさにその言葉通り、色々な幸運に導かれた旅でした。その夏に行けたこと自体が、ミラクルな感じがします。まず、聞いていたのは、ボートの予約は決して取れないだろうと言うこと。スターウォーズの影響で、ツアーの希望者が殺到して、その夏の予約は完全に埋まっているらしいのです。許可を持っているのは十数隻の船だけです。そんな状況の中、友達が問い合わせてくれた時、認可を出す船を追加するという情報が入りました。そこで、友達はその船のオーナーに直接電話をして、予約を入れてくれたのでした。

 

いよいよ、ツアーの日が近づいてきて、「さあ、行くぞ」ってモードに入ってきました。気分が盛り上がっているところに、出発の2日前、悪天候でボートがキャンセルになったと連絡が入りました。天候が安定した場所ではないことはわかっていて、想定内ではあったのですが、気持ちにスイッチが入ってたので、かなりがっかり。ただ、二週間後に予約の振替ができたので、それも幸運だったと言えます。

 

アイルランドは、北大西洋からの風が、遮られるものなく、まともに吹き付けます。天気が不安定なのは、その影響を受けるからです。その風の凄さを感じたのが、まさに、最初ツアーに行く予定だった日でした。時間が空いてしまったその日、なんとなく、近くの海岸へドライブに出かけました。そして、びっくり。海は大荒れだったのです。普段なら、泳ぐこともできる(ただし、水はすごく冷たいけど)美しく広い砂浜があります。そに、高い波が次から次へと絶え間無く押し寄せているのです。私が居たのはスケリグからは直線距離で100キロほど離れた町ですが、大西洋のうねる波は、圧巻でした。痛いくらいに頬を打つ風の中に立って、寄せる波を、魅せられた様に見つめていました。風と海の力を感じて、叫びたい様な気持ちになりながら、ツアーの船が出ないのを納得するしかありませんでした。

その日ではないのですが、荒れた海がどんな感じか、ちょっと写真を入れました。

(後ろの崖の高さは20メートルくらいあります。)

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それから二週間待つと、今度は天気も大丈夫そうでした。ツアーボートのオーナーに確認も取れて、7月22日、金曜日の朝、ケリー州に向かいました。船が出るヴァレンシア島まで行って、その辺りで一泊、次の日にボートに乗る計画にしました。私が滞在していたのは West Cork、コーク州の西側の地域です。平ったい地形が大半のアイルランドですが、コーク州は起伏に富んでいて、緑の丘陵に牧草地が広がります。車で田舎道を走ると、その美しさは時にため息が出るほど。アイルランドを Emerald Isle (エメラルドの島)とはよく言ったものだと感心せずにはいられません。

その日の天気は上々。澄んだ青い空と緑の中を抜けて、さらに風光明媚なことで知られるRing of Kerry (ケリー周遊路)へと車を進めます。アイルランドで一番人気のドライブコースです。森や牧草地が作る、緑のグラデーションは、なんとも見事で、今までこんなに沢山の緑って見たことがあるだとうかと感慨にふけることもしばしば。小高い山々が続き、その稜線が海に迫ってきます。大地の緑、海の青との出会いは、息を飲むほどの美しさ。アイルランドに居て、一番ご機嫌なのは、こんなドライブの時です。車の運転が出来ない私は、心置きなく風景を満喫できます。自分の眼に映るこの景色を映像にして、誰かに見せることができたら、どんなに素晴らしいだろうと思う瞬間です。

 

目指すヴァレンシア島まであと少しになった頃、「スケリグが見えるよ。」と言われて、車の左手を見ると、神秘的な光景が広がっていました。緑の丘が海岸線へ下って岬になり、小さな入江をいくつか作っていました。さっきまで晴れていた空には灰色の雲が低く垂れ込めています。その色も少し青みがかった感じのグレーで、現実の風景かと疑いたくなる様な雰囲気。空はほとんど雲に覆われていて、太陽は見えないけれど、海には日の光が射していて、海面は銀の白に輝いている。その海の上にスケリグ・マイケルの二つの島がシルエットでくっきり浮かんでいました。

光の魔法が作り出したような、神秘の光景。次の日に訪れるスケリグ・マイケルがこんな風に姿を見せてくれたのは、感動的でした。大きな祝福に満たされる想いです。

これもアイルランドからの贈り物。まさにセレンディピティと言っていいでしょう。そして、最初スケリグのことを知ってから、すんなりとは、ここにたどり着かなかった事にも、意味があるのだと思いました。自然の流れの中で、自分に必要な時間が与えられていたということです。その時間があって、どこか成長した自分だからこそ味わうことができた、旅の醍醐味だったかも知れません。

 

今回はここまでで、後半のお話へ続きます。

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アイルランドの海岸

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アイルランドの海岸と聞くと、険しい断崖絶壁を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。モハーの断崖などがとても有名で、そのイメージが強いからかも知れません。でも、実際アイルランドを旅していると、美しい砂浜に出会い、息を飲むことがあります。特にアイルランド南部の海岸線には、遠浅の海に白い砂が広がるビーチがたくさんあります。これは私のお気に入りの一つ、Barleycove (コーク州)。眼を見張るような海の青と、白く寄せる波が作り出す模様が絶妙です。潮の満ち引きによっても表情が変わります。いつまでも見ていたいと思う景色です。

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